妊婦と薬剤について 後藤産婦人科医院 後 藤 覚 受胎可能年齢にある女性の診療では、常に妊婦の可能性に注意していますが、必要以上に薬物に対して過敏となり、また不安となり、服用を中止することはあってはならないと思います。 女性が正常の月経周期を有する時、月経開始から約2週間で排卵、受精が起こり、受精卵は次の月経が有る1週間前、すなわち妊娠3週に子宮腔に着床します。この時期では風疹ワクチンや、抗癌剤などの薬物を除き、基本的には催奇性を心配する必要はなく、それは障害が高度であれば受精しないか、受精しても妊娠初期の流産となります。 妊娠4週から7週までは各器官の形成期で、特に催奇性に関して注意しなければなりません。近年、超音波断層法で、妊娠初期に胎嚢・頭殿長、児頭の大きさを計測して、妊娠週数の確認が行われるようになりました。 妊娠8週から15週までは、胎芽期から胎児期へ移行し、ほぼ重要な器官の形成は終わっていますが、口蓋、外性器などは形成途中のものもあり、特にホルモン剤は慎重な投薬が望まれます。 妊娠16週から分娩までは、胎児の器官は形態的な発育はほぼ終わっており、催奇性よりは胎児毒性に注意する必要があります。しかし薬物は、有益性が危険性を上回る場合に投与されるもので、抗てんかん薬を除き、催奇性の危険性は極めて少ないと考えてよい。 また、薬物投与で、必要以上の減量は治療効果を損ない、治療を遅らせるので、必要量をなるべく矩時間に単剤で投与しています。軟膏、点眼薬、点鼻薬、吸入薬など局所に使用する薬物は、母体血中にほとんど移行しない為、基本的には安全と考えてよい。特に妊娠16週以降は、母体に投与された薬物は主として、胎盤を通過して胎児に到達する為、胎盤通過性の少ないものを選択します。 受診される時は、最終月経、月経の周期性、服用薬、または、服用しようとする薬剤名を主治医に必ず話すようにされることです。 (平成9年5月掲載) |
知っておきたい「頚部脊椎症の臨床症状」 貞松病院 江 川 正 加齢と共に骨の脆弱性、退行性変化に伴なう疾患が増大し治療に難渋することも多くなっています。その一つとして頚の背骨の加齢的変性疾患で頚部脊椎症(頚椎症と略す)があります。頚はご存知の如く、重い頚部(平均4Kg)を細い頚の背骨で支え、しかも動きに富んでいるため体のなかでも障害を生じ易い部位であります。このように良く動く関節の周囲では靭帯の牽引力などの影響で、その附着部に骨の増殖、変型が生じると同時に、背骨を上下に連結している軟骨性のクッション(椎間板という)も変性し弾力性が減弱し狭小化を生じる結果となります。殊に第4〜5〜6番目の頚の背骨が頚の運動の中心部に当たるため、このレベルの変化が一般に多く出現します。 このような変化が背骨に生じると、そこから出て、手(上肢)足(下肢)に分布している神経や脊髄自体が圧迫、刺激されるため軽いものでは肩こり、背筋痛、頚の運動痛が出現し、重篤になると手のシビレや力がはいらなくなり細かい手先の仕事が困難になります。また両足全体のシビレ感や歩行がしにくく転び易いなどの症状のほか、排尿障害なども生じます。時には左前胸部の狭心症様疼痛をおこすこともあります。 また頚の背骨の周りには環境の変化や感情の起伏に敏感に反応する交感神経が両側を走り、頚から出る神経と連絡する他、脳へ分布する頚の動脈の周りや内耳、瞳孔などとも連絡しているため、この神経が頚の背骨の変形などで刺激されコントロールが変化する結果、頭痛(頚性頭痛)、嘔気、耳鳴り、目まい(頚性目まい)、眼性疲労などの症状を生じてまいります。 また肩こりにも大きく影響してきます。勿論、このような症状は他の疾患でも生じますので鑑別診断が必要なことは言うまでもありません。神経麻痺が出現したら手術が必要になることが多く、症状の軽度のうちに専門医の的確な診断を受けられることをおすすめ致します。 (平成11年3月掲載) |
更年期障害 大村中央産婦人科 荒 木 文 明 平均寿命の延長による高齢化社会の到来に伴い、更年期から閉経期以降の女性の人生の質が重要視される時代となってきました。閉経後の30年を健やかに過ごすためには、この時期に見られる更年期症状(不定愁訴)をいかに乗り越えるかが大事な点です。なお、更年期とは閉経前後の卵巣機能が衰退し、やがて消失するまでの期間で、42歳ころから56歳ころまでのおよそ15年間に及ぶ期間に相当します。 更年期障害の症状は多彩で、ほてり、発汗、不眠、めまい、頭痛、肩こり、腰痛、いらいら、冷感などが見られます。 更年期障害の発症には、内分泌学的因子、社会・文化的因子、および心理・性格因子の三要素が関わると考えられます。卵巣機能の低下による女性ホルモンの低下が主な原因です。更年期には、子どもが成長し、母親としての役割がおわったり、夫の仕事が忙しく、夫婦の触れ合いの時間が少なくなったりして、自分自身の存在価値を見失い、何となく空しく生きているように感じ、いわゆる「空の巣症候群」を発症することもあります。性格的には、良く言えば真面目で、几帳面、悪く言えば神経質で、余裕がない女性に発症しやすいようです。 更年期障害と思われている中に、うつ病などの、心療内科や精神神経科領域の病気がかなりあるので気をつける必要があります。 治療には、ホルモン補充療法、漢方薬、抗うつ薬、抗不安薬などがあります。ホルモン補充療法は骨粗鬆症や動脈硬化などの予防・治療にも有効で、膣・外陰萎縮による性交痛も改善されます。また最近では、アルツハイマー型痴呆にも効果があると報告されています。 (平成9年7月掲載) |
御婦人の尿失禁(尿もれ) 黒木医院 黒 木 隆 亨 尿失禁とは、時と場所を選ばず、自分の意思に反して、尿がもれてしまうことです。中年過ぎの婦人 で悩んでおられる方も多いと思いますので、このことについて述べてみたいと思います。 その前に、正常な場合はどのようにして排尿がおこるのかを知っていただく必要があります。簡単に説明しますと、腎臓でできた尿が尿管と呼ばれる管を通って膀胱に降りて来て、膀胱に尿が溜りだすと、膀胱内の圧力(膀胱内圧)が徐々に高くなります、或る程度の内圧になるまで、尿がもれないように骨盤の底にある筋肉(骨盤底筋群)が膀胱の出口を締めつけております。内圧が或る高さに達しますと尿意をもよおし、そこで排尿しようとすると、膀胱が縮んで内圧が更に高くなり、膀胱の出口を押し開いて一気に尿が勢いよく飛び出すのです。 さて本題の尿失禁ですが、原因によって幾つかのタイプがあります。中年過ぎの婦人に最も多いのが「腹圧性尿失禁」と呼ばれるものです。このタイプは咳やくしゃみをしたり、重い物を持ち上げるなどの動作でおなかに力がはいったときに、思わず尿がもれてしまうものです。これは出産の経験のある人、肥満気味の人、お年寄りの方などで骨盤底筋群がゆるみ、膀胱に少し圧力が加わっただけで膀胱の出口が開いてしまうものです。このタイプの尿失禁の治療法として、自分だけで行える簡単な方法があります。骨盤底筋体操と呼ばれるものです。今回は紙面の関係で詳しくは述べられませんが、肛門周囲を縮める運動で筋肉群を鍛えることにより、膀胱の出口を締めつける力を強くする方法です。根気強く継続して行う必要がありますが、場合によっては薬剤を併用したりして、かなり有効ですし、尿失禁の予防効果もあります。 尿失禁の治療は、原因によって治療法が異なりますが、今回は御婦人に最も多いタイプについて述べました。 (平成9年4月掲載) |
白癬とカンジダ症 佐伯皮ふ科泌尿器科医院 佐 伯 武 彦 カビは菌糸と胞子から出来ている生物です。顕微鏡でみると、その菌糸が糸のように細長く見える仲間を糸状菌といい、その代表的な菌は白癬菌です。この糸状菌の感染による病気が白癬(水虫、たむし等)です。 また、イースト(酵母)の仲間のカンジダアルビカンスの感染による病気をカンジダ症といいます。このカビは健康な人でも口の中、のど、消化管、大便の中など、また膣や皮膚の表面にいて、体の抵抗力が弱くなった時に増殖して鵞口瘡(口の中)、口角炎(口角)や、オムツかぶれなどを起こします。 このようなカビの病気は、いずれも最近増えています。副腎皮質ホルモン軟膏や抗生物質〈化膿止め〉軟膏などの安易な使用が誘因と考えられます。本日は、その白癬のうちの水虫についてお話ししてみましょう。 水虫(足水虫、手水虫)(足白癬、手白癬) 足や手は色々な皮膚病が起り易い所です。水虫に似た症状でも別の病気の事が有りますので、早く皮膚科専門医の診療を受けましょう。足の水虫は次の3つのタイプに分けられます。@足のユビの間がじゅくじゅくしたり、皮がむけるタイプで、足のユビが短く太っていて、すき間の無い人に出来易いです。A足の裏や、足の側面に小さな水ぶくれが出来て、かゆくて、かいているうちに赤くはれあがり、薄い皮がむけるタイプで、このタイプが一番多いです。B足全体がカサカサして厚くなり、時々、ひびが切れるタイプで、老人に多いです。 足水虫の予防をするには、手、足の清潔に努め、特に靴下は通気性のよい木綿や麻が良いです。治療は抗カビ剤をつけるばかりでなく、ガーゼをユビの間に挟むか、5本ユビの靴下を履き、通気性をはかれば早く治ります。 (平成9年8月掲載) |
「心気症」って何だろう (元) 中澤病院 左 京 俊 明 皆さんは「心気症」という言葉を聞いたことがありますか?「心気症」は身体と関係していますが、神経症という心の病気の一つです。 さて、最近は心の病気も整理、分類が進み国際的な分類の中では、神経症という項目ははずされ「心気症」は「身体表現性障害」という項目の中の一つに分類されています。「身体表現性障害」とは簡単に言いますと、身体の病気であるとみせかけた心の病気と言えます。さて、ではその中の「心気症」とはどんな病気を言うのでしょう?皆さんは誰しも身体が不調な時、何か身体に強い痛みを感じる時など多少なりとも何か怖い病気にかかっているのではないかと不安に感じる事があるかと思いますが、検査を受け「異常なし」と言われれば安心し、たいていは気にかけなくなるものと思います。しかし「心気症」の方はそう保証されても一時は安心しますが、しばらくするとやはり何か怖い病気にかかっているのではないかという恐怖にとらわれ、かかった医者に満足しなければ次々と医者をかえ自分の病気を探そうとします。そして治療も強く要求するのですが、一方では処方された薬に対しては副作用を怖がりいつまでも納得せず、日常生活にも支障をきたす人もいます。強い不安や抑うつ(憂うつ)を示す事もありますが、表面的には軽くみえることが多いのです。 この病気、やや男性の中高年の人が何らかの「心身の過労」や「不安体験」が元になり起こることが多く、特に真面目、律儀、几帳面、勤勉という「執着性格」と言われる人によく見うけられます。治療は十分な時間と根気が必要ですので、できれば心療内科や精神科の専門の先生と相談される治療が良いでしょう。 (平成10年12月掲載) |
疥癬と毛虱症について 佐伯皮ふ科泌尿器科医院 佐 伯 和 彦 疥癬とは(疥癬虫)別称:ヒゼンダニがヒトの皮膚に寄生して起こる皮膚感染症です。 感染経路としては肌と肌の直接接触がまずあげられ、家族内感染例が多く見られます。また、ベッド、寝具を介しても感染します。そのため、仮眠室、当直室を利用する職種での集団発生が起こることがあります。 疥癬は感染から約一か月の潜伏期間を経て発症します。 症状としては、指のまた、わき、もものつけねのあたり、陰のうなどの部位を中心として、できものができたり、かゆみを伴います。 できものから採取した角質に対する顕微鏡検査で疥癬虫の虫体、卵、糞が見つかった場合、診断が確定します。 一般に皮膚科では、安息香酸ベンジルを成分とした外用薬などによる治療が行われます。 毛虱症とはケジラミの寄生によって起こる皮膚疾患です。寄生部位は通常陰毛部ですが眉毛部などの部位にも見られることがあります。 感染経路は主として性行為などの濃厚な接触によりますが、寝具を介した感染も考えられます。 症状は寄生部位のかゆみが主なものですが、かゆみを伴わないことや、できものを伴う事もあります。 毛虱の卵や虫体は肉眼やルーペで見つけることが可能ですが、顕微鏡検査で確認して毛虱症であることを確定します。 一般に皮膚科では、剃毛、0.4%フェノトリン粉末の外用などの治療が行われます。 (平成11年4月掲載) |
結核再燃の兆し 中澤病院 山 下 勝 義 肺結核は結核菌を肺内に吸入することによって発症するが、セキや微熱が続き、時には、風邪、肺炎、肺ガンと誤診される事もある。昔は国民病として多数の若い人の命を奪ったが、戦後は優秀な抗結核薬の登場で患者は急減していた。しかし最近、全国各地で結核の集団発生が報告される様になった。新潟県内の特別養護老人ホームで27人が感染14人が死亡、山形市の刑務所では36人が感染、仙台市の病院では若い看護婦さんが死亡している。結核菌は患者のセキが空気感染にて周囲の人に広がるが、発病するのはごく一部で、多くの人は免疫の働きで、増殖が押さえられ、気付かないうちに結核への抵抗力がつく事が多い。セキや熱の症状は薬を飲めば2週間ほどで消えるが、体内の結核菌は生き残っており完治には半年から1年間の服薬が必要とされる。 「結核対策は、火事の消火と同じ。残り火が消えるまで放水を緩めてはいけない。」との指摘もある。欧米では老人施設と刑務所での集団感染が結核復活のバロメーターとされている。最近の結核は更に複数の抗結核薬が効かない多剤耐性菌による集団感染が問題となっている。再び「不治の病」とならない様、新たな対策が迫られている。 (平成11年1月記載 |