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2009年3月16日掲載

母乳育児について

 妊婦の96%が「赤ちゃんは母乳で育てたい」と思っているとされます。母乳育児には▽母乳成分が赤ちゃんにとって最高の栄養▽免疫物質が含まれており赤ちゃんに抵抗力がつく▽授乳による接触で良好な母子関係がつくられる▽出産後の母体の回復がよくなる▽衛生的、経済的で手間もかからない−など多くの優れた点があるからです。

 しかし、母親の感染症や薬の使用、赤ちゃんの状態、母乳の分泌状態により、母乳が与えられない場合や育児用ミルク(人工栄養)を使用する場合があります。そんなケースの一つに、成人T細胞白血病・リンパ腫(ATL)があります。

 ATLは主に四十歳以上の成人に見られる白血病で、HTLV−T(2160)と呼ばれるウイルスを持った人(キャリア)から発病します。発症する割合は年間千人に一人といわれており、たばこを吸う人が肺がんになる危険性とほぼ同じです。

 キャリアは世界で一千万人とも二千万人ともいわれ、日本では西日本、九州に多いようです。本県もキャリアが多い地域で、妊婦健診時に公費負担で検査が受けられるようになっています。

 HTLV−T(2160)は▽母子感染(主に母乳を介して)▽男女間感染(主に男性から女性へ)▽輸血感染−の三つの経路で人から人へうつります。現在は献血者の血液検査を実施しているため、輸血感染の危険性はありません。だっこやキス、兄弟間、学校など日常生活でうつる心配はありません。

 ATLは幼小児期に感染した人(ほとんどが母子感染)から発症します。HTLV−T(2160)は発症までに四十年以上の長い潜伏期間があるためです。従って成人になり、男女間感染でキャリアになっても発症する可能性は低いといえます。

 キャリアの母親が六カ月以上母乳を与えた場合、子どもの感染率は20・5%ですが、人工栄養で育てると2・4%に低下し、感染の危険性を約八分の一に減らすことができます。つまり母子感染を予防する最もよい方法は、母乳を与えないことなのです。

 ただ、授乳期間を六カ月未満にした場合の感染率は8・3%にとどまることから、三カ月をめどに人工栄養に切り替える方法や、母乳をいったん凍結してウイルスを死滅させた後に解凍して与える方法もあります。

 本県では一九八七年から長崎大などでつくる「県ATLウイルス母子感染防止研究協力事業連絡協議会」が中心になってHTLV−T(2160)の母子感染予防に取り組んできており、この二十年間で約千人の感染を予防し、将来のATL発症を五十人程度防止したといわれています。

 赤ちゃんにとって母乳に勝る栄養はありませんが、HTLV−T(2160)やその他の理由で母乳が与えられなくても母と子のきずなが弱くなるというわけではありません。産科、小児科、保健所などが連携して育児を支援する環境づくりが進んでいます。母乳をはじめ育児に不安があれば、医療機関や保健所、市町の保健センターなどに気軽に相談してください。

(長崎市麹屋町、渕レディスクリニック 副院長  宮本 正史)

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