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2012年1月16日掲載

「TPP交渉と医療の問題」


 環太平洋連携協定(TPP)交渉は米国主導で現在9カ国間の交渉が行われており、日本が参加すると10カ国になります。ただ、日米2カ国の国内総生産(GDP)が全体の90%を超えていて、実質は日米の自由貿易協定・経済連携協定となる部分が多くなる見込みです。これまで行ってきた日米間交渉でうまくいかなかった案件を、10カ国で俎上(そじょう)にあげて多数決で処理する方法が考えられます。

 10年ほど前から、米国は日本の医療にも新自由主義的な市場原理を導入すべきとして、日本での営利企業(株式会社)の病院経営参入や混合診療を解禁することを要求してきています。

 日本は公的国民皆保険制度の下で、極めて少ない医療費、少ない医療従事者ながらも、世界に類を見ない質の高い医療を実現し、世界保健機構(WHO)から世界一の医療水準との評価を受けています。

 一方、市場原理主義下の米国式医療は全て自由診療です。高所得層で民間医療保険への高額加入者は最新かつ高度医療が受けられます。

 しかし、中産階層で保険料年間40万円程度の民間医療保険加入者は保険会社が契約医師に限定的な検査・治療しか指示しないため、本当に必要な医療は受けられません。そうした人たちが必要な良質の医療を受けた場合、保険からの医療費の支払いはなく、全て自己負担となります。

 医療費の高い米国では、借金のあげく自己破産する人が続出しているという大変悲しい事態となっています。繰り返しますが、米国では高度で最新の医療は高所得層しか受けられないのです。

 日本の公的皆保険制度下では、安価な点数による診療報酬体系で規制・統制され、世界で一番安くて高いレベルの医療が平等に全ての人に提供されていて、営利企業が病院経営に参入するのに困難な状況にあります。

 そこへ参入するには自由診療を取り入れた混合診療の解禁が必要となります。日本でも厚生労働省が認めた最新の治療法については一部で混合診療が実際に行われていますが、米国はそれを全ての医療行為で解禁するよう求めてくるのです。自由診療とか解禁とか響きはいいのですが、要は米国式の医療制度を日本に持ち込みたいだけです。

 そうなると、日本でも所得の多い人は最新の医療が受けられるものの、中産階層以下の人は十分な医療が受けられなくなることが心配されます。所得格差が医療格差を生むのです。さらに混合診療解禁によって公的保険で受けられる医療の範囲が徐々に狭められたり、公的医療保険の規制が新自由主義(市場原理)を阻害するといって米国から提訴を受けたりして、国民皆保険が徐々に崩壊する恐れも出てきます。

 日本の医療に係る種々の規制は医療を受ける人を守るためにあります。国民皆保険制度50年の過程で、空気のように当たり前になってきた「安価で高水準の医療をいつでもどこでも平等に受けられる」という日本国民固有の既得権益こそ、何としても守り抜く必要があります。

(長崎市新地町・松元クリニック 院長  松元 定次)


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