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2012年3月19日掲載

「HTLV1の母子感染予防」

 ヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV1)とは、血液中のリンパ球に感染するウイルスです。インフルエンザなどと異なり、ウイルスに感染しても自覚症状はなく、約95%の人は生涯、発病することはありません。

 HTLV1に感染していて発病していない人のことを「HTLV1キャリア」と呼びます。キャリアのごく一部で、成人T細胞白血病(ATL)、HTLV1関連脊髄症(HAM)などを発症します。

 ATLは主に40歳以上の成人に見られる白血病です。キャリアが発症する割合は年間千人に1人とされ、たばこを吸う人が肺がんになる危険性とほぼ同じです。

 HAMはHTLV1が関係して下肢のまひや排尿障害が起こる病気です。発症率はATLよりはるかに低く、1年間でキャリア約3万人に1人とされています。

 HTLV1は、▽母子感染(主に母乳を介して)▽男女間感染(主に男性から女性へ)▽輸血感染−の三つの経路で人から人へうつります。現在は献血者の血液検査を実施しているため、輸血感染はありません。だっこやキス、兄弟姉妹間、学校など日常生活でうつる心配はありません。

 将来、ATLを発症する危険性があるのは幼小児期に感染した人(ほとんどが母子感染)です。HTLV1は発病までに40年以上の長い潜伏期間があるためです。キャリアの母親が母乳を与えると、子どもの5人に1人は感染します。

 人工栄養(育児用ミルク)では、この危険性を30〜40人に1人にすることができます。3カ月をめどに人工栄養に切り替える方法や、母乳を凍結してウイルスを死滅させた後に解凍して与える方法で感染の可能性を減らすこともできます。

 日本では現在約108万人、全人口の約1%に当たる数のHTLV1キャリアがいると推測されています。

 以前からキャリアが多いといわれていた本県では、1987年から長崎大などでつくる「県ATLウイルス母子感染防止研究協力事業連絡協議会」が中心になってHTLV1の母子感染予防に取り組んできました。この20年間で約千人の感染を予防し、将来のATL発症を50人程度防止したといわれています。

 しかし、近年、東京などの大都市圏ではキャリアやATL患者の数が増加しています。厚生労働省は2011年度からHTLV1抗体検査を妊婦健診の標準的な検査項目に追加するとともに、公費負担の対象としました。妊婦さんは妊娠30週までに血液検査を行ってHTLV1キャリアであるかを無料で調べることができます。

 キャリアであっても、妊娠に特別な影響はなく、普通に出産することができます。ウイルスが原因で赤ちゃんに奇形が出たり、何らかの異常が起きることも全くありません。赤ちゃんにとって母乳に勝る栄養はありませんが、母乳を与えられなくても母と子の絆が弱くなるわけではありません。心配があれば、かかりつけの産婦人科医に気軽に相談してください。

(長崎市住吉町、花みずきレディースクリニック 副院長  宮本 正史)

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