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2015年2月16日掲載

「人工内耳について」

 ある日突然、あなたの耳が聴こえなくなったらどうしますか。難聴の原因には耳あかから、中耳炎、内耳の突発性難聴などいろいろあります。

 鼓膜より外側の外耳、鼓膜のすぐ内側の中耳が原因の場合は重度の難聴はまれで、しかも治療できるものが多いです。しかし、内耳やそれより奥の神経、脳が原因の場合は難聴も重度で、治らないものも多いのです。この「感音難聴」は重度のものでは補聴器を使っても聴こえない、あるいは音は聴こえても言葉が聴き取れず非常に困ります。

 以前は高度感音難聴の有効な治療法はなく、聴覚自体を諦めるしかありませんでしたが、現在は人工内耳で多くは聴こえを取り戻せるようになりました。その原理は、内耳にある感覚器官の蝸牛(かぎゅう)に手術で電極を入れ、音ではなく電気で蝸牛に来ている聴こえの神経を直接刺激するというものです。

 感音難聴の90%以上が蝸牛の音を感じとる細胞の障害で起こり、音の情報を脳に伝える神経は残っていることが多いので人工内耳はほとんどの感音難聴に有効です。日本では約30年前に臨床応用されて以降、急速に機器や医療が進歩し、現在では高齢者や幼児でも安全に手術ができます。全く聴こえなかった人でも対面ではほとんどの会話が分かるようになり、電話で話ができるようになることも多いです。

 人工内耳は両側高度感音難聴の方が対象ですが、欧米では補聴器でも何とか聴こえる中等度の両側難聴や、片耳だけの高度難聴にも応用され、良い成績が報告されています。さらに難聴は中等度でも強い耳鳴りがある場合に人工内耳を導入すると、その耳鳴りを抑制する効果が高いことも分かってきました。

 現在、日本は超高齢社会に突入していますが、高齢者のうち100人に1人程度は高度の難聴をもつといわれています。補聴器でもよく聴こえない方の単身生活では玄関のベルや家電製品の電子音、さらには火災報知機のアラームが聴こえず、生活が危険になることがあります。その場合も人工内耳は非常に有用です。

 人工内耳の手術は実施できる施設基準があり、県内では長崎大学病院が唯一の施設です。人工内耳医療には健康保険が適用され、育成医療や更正医療、身体障害者に対する補助制度なども適用されますので、患者さんの経済的負担はわずかです。

 手術後は1週間程度で退院できますが、人工内耳で聴き取れるようになるためには機器の調整や聴き取りの練習が必要です。以前聴こえていて、何かの原因で聴こえなくなった方(中途失聴者)の場合には、人工内耳を使って多くの人と話してみることが一番のリハビリになります。

 一方、生まれつき聴こえない幼児、小児の場合には手術後も家族、医療機関、教育機関が協力して長期間サポートすることが必要ですが、人工内耳により多くの場合は普通学校に通学できるようになります。

 人間特有の聴覚でのコミュニケーションの回復は人間にとって非常に重要です。

(長崎大学病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科 教授  橋 晴雄)

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