>>健康コラムに戻る

2017年4月3日掲載

「インフルエンザワクチンの価値」

 
 毎年11月ごろからインフルエンザワクチン接種にたくさんの子どもたちがやって来ます。痛いのを我慢して受けてくれたのにシーズンに入るとかかってしまうこともよくあります。「ワクチンを打っていたのにかかった。これは効かないね。来年からはやめよう」と思うのも当然かもしれません。確かに感染防止効果は弱いワクチンです。そこで、私たち小児科医が考えているその価値をお話しようと思います。

 1962年の予防接種法で学校生徒を対象にインフルエンザに対する集団予防接種が開始されました。私も教室で並んで受けていました。しかし、それでもかかることはあり、インフルエンザワクチンは効果がないという声がだんだん強くなっていきました。

 同じ地域で集団予防接種を行った学校と行わなかった学校の冬の欠席率を比較した調査がありました。「その差はなかった」という結果が決定打となり、94年に集団予防接種は廃止となります。ほとんどの日本人がワクチンを接種しないで迎えた95年1月から、インフルエンザの大流行が始まりました。

 私の診療所も、高熱を出しぐったりした子どもたちであふれました。当時はまだ特効薬がなく、脱水症を起こしていたり、重症感のある子どもには点滴をしたりして、何とかその日が終わるという状況でした。

 そのうち、インフルエンザにかかった直後から「意識がおかしくなる」「全身けいれんが止まらない」「呼吸が止まってしまう」といった重篤な症状の子どもの報告が出るようになりました。インフルエンザ脳症です。

 当時はまだ、はっきりとした原因は分からず、有効な治療法もありませんでした。大学病院では次々とインフルエンザ脳症を起こした子どもが入院してきて小児用人工呼吸器が不足する状況に陥っていました。

 やっと流行が終息して、大学病院小児科から今次流行の総括が発表されました。県内でインフルエンザ脳症による死亡13人、原因が特定できない小児の急死例数人、というものでした。死亡が報告された人全員、インフルエンザワクチンを過去一度も受けていなかったことも判明しました。

 ワクチンは効いていたのです。少なくとも脳症になるような重症化は防いでいたのです。その後、迅速診断キットや特効薬も使えるようになり、インフルエンザの治療は進歩しました。インフルエンザ脳症の病因解明も進み、死亡率も低下しています。それでも毎年100人を超える小児がインフルエンザ脳症を発症しています。その中にはワクチンを接種した人も含まれ、残念ながら絶対大丈夫とはいえません。しかしそのリスクを10分の1程度に減らすことができると判断されています。

 95年の怖かった数週間を思い出すと、私たち小児科医は子どもたちにインフルエンザワクチンをぜひ受けてほしいと願っています。ワクチンを受けたのにかかってしまった子どもを診るときも、脳症にならなくてよかったと心の中で思っています。

(長崎市上野町)おおみや小児科医院院長  大宮朗

>>健康コラムに戻る