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2020年11月16日 掲載

「手術、がん治療の口腔機能管理」

感染症や副作用を予防

 手術やがんの治療の際に、あらかじめ口の中の管理を行い、治療中の思わぬトラブルを予防することを「周術期等口腔(こうくう)機能管理」といいます。なかなか聞き慣れない言葉かもしれません。しかし近年、その重要性が認識されるようになってきました。

 なぜ口の中の管理が必要なのか、と思う方もいるかもしれません。

 手術や抗がん剤治療、放射線治療を行う際には身体の抵抗力が落ちやすく、合併症を発症しやすくなります。口の中も例外ではありません。口の中には数百種類の細菌が存在するといわれており、普段は問題を起こさない細菌でも、肺炎や傷口の感染、血液を介して、全身の感染症などの原因となることがあります。

 例えば、全身麻酔の手術の際には、呼吸をサポートするためのチューブを口から肺の近くまで入れます。口の中が汚れていると、細菌が気管や肺に押し込まれ、肺炎のリスクが高まります。また、著しく揺れている歯があると、チューブを入れるときに歯を損傷する可能性があります。

 一方、抗がん剤や放射線治療では、口内炎や味覚異常、口の渇き、歯茎からの出血、顎の骨の壊死(えし)などが起こりやすくなります。口の中の衛生状態が悪い場合は、これらの副作用がひどくなりやすいことが分かっています。

 口の中に副作用が出てくると、治療がつらくなるだけでなく、食べ物をかんで味わったり、飲み込んだりする動作が難しくなり、生活の質も著しく低下してしまいます。ひどい場合には、治療を中止せざるを得なくなることもあります。

 しかし、事前に口の中の環境を整えてから病気の治療に臨むことで、手術後の感染症を予防できます。抗がん剤や放射線治療による口の中の副作用を軽減できるという研究結果も、明らかになっています。

 具体的には、歯石の除去、専門的な口腔ケア、虫歯の治療や入れ歯の調整などを行います。ぐらついている歯に対しては、全身麻酔の手術の際に損傷することを防ぐために、保護用マウスピースを作ることもあります。

 国も、がん治療における口腔管理の有用性を認めるようになり、2012年に改定された「がん対策推進基本計画」において、「がん治療における医科歯科連携による口腔ケアの推進」が、取り組むべき施策として新たに記載されました。

 治療をより安全に、苦痛をできるだけ緩和しながら行うためには、歯科医師、歯科衛生士による口の中の定期的な評価・治療と専門的な清掃が重要です。これはがん治療に対してだけでなく、他の病気の手術でも同様です。

 万が一病気が見つかると、さまざまな検査や入院の準備、身の回りのことなどで忙しく、口の中の管理をする十分な時間が確保できないのが現状です。いざというときに慌てなくて済むよう、日頃からかかりつけ歯科医院を持ちましょう。痛みなどの自覚症状がなくても、定期的に受診しておくことをお勧めします。

(長崎市新地町)長崎みなとメディカルセンター 歯科医師  森下 廣太

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