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2021年5月17日 掲載

「高齢者の医療」

共に考えたい「最善は何か」

 日本の高齢化率は世界一で、人口の28・9%が65歳以上の高齢者です。細胞、内臓、筋肉の衰えとともに高血圧、糖尿病、高脂血症などの生活習慣病、臓器の機能低下、がんなどを発症します。これらの病気の治療が進歩し、日本人が長寿になったことは喜ばしいことです。しかし、人間の命には限りがあるのも事実です。

 治療を何歳まで行うかという基準はありません。人命は地球より重く、日本では何歳であろうと、目の前にいる病人には最新かつ最高の治療が分け隔てなく行われています。

 日本人の死因の第1位はがんですが、がんは老化現象でもあります。後期高齢者ががんになり、手術などの積極的な治療を望んでも、持病や体力低下で若い人と同じ治療ができないことがあります。抗がん剤、手術、放射線といったがんの治療には、いずれも副作用があり、治療が原因で死亡することや、体力が衰えてがん以外の病気を発症し、命を短くしてしまうことがあり、高齢者はその可能性が高くなるからです。

 体への負担が大きいがんをゼロにする治療ではなく、がんを制御し治療が軽くなる分の体力を温存することで、がんが残っても、元気でいる時間を長くする選択肢もあると思います。

 日本人の死因の第5位は肺炎です。肺炎のひとつに誤嚥(ごえん)性肺炎があります。年を取れば飲み込む筋力も衰えます。すると唾液や食物が肺に入り肺炎を起こし、時には炎症が肺の外に進展して汚い水がたまる「膿(のう)胸(きょう)」を起こします。肺炎には抗菌剤、膿胸では汚い水をパイプや手術で抜き取り治療します。ただ、高齢者の中には肺炎後の筋力・体力の回復が十分ではないことがあり、再度誤嚥し肺炎を繰り返します。

 肺炎がよくなっても、たんを取るために喉から呼吸することや、口からは食べられず胃に穴をあけて栄養剤を注入することもあります。ケアが必要なため自宅に帰れないこともあり、これらの結果が、患者さんや家族にとって納得できるかどうかは分かりません。

 がんも肺炎も、治療にはお金が必要です。肺がんの手術で9日間入院すると約150万円です。抗がん剤には毎月約100万円の高価な薬もあります。しかし、日本ではどんな治療でも患者さんの自己負担は月に約6〜26万円です。

 では、差額は誰が負担するのか。社会保障費は税金ですから、患者さん自身と、今は健康な人や若い世代です。最新最高の治療を誰でも受けることができ、治療費負担も補助されている日本の社会保障制度に感謝しつつ、その負担と配分をどうするかも、皆で考えなければいけないことだと思います。

 高齢者の治療をどこまでやるかとか、こうすればよいという決まりはなく、医師はデータと経験を基に、信じる最善を尽くします。責任は大変重く、判断は難しいです。さらに最も難しいのは「もう十分では」ということを、誰も決められないことです。

 患者さんは自分の人生観を大事にし、家族、医師らと相談して、納得のいく治療を見つけることが大事ではないでしょうか。

(大村市久原2丁目)国立病院機構長崎医療センター呼吸器外科 部長  田川 努

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