長崎新聞健康欄
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2005年7月4日掲載

境界性パーソナリティ障害


 「境界」という概念は神経症と精神病の境界を意味するものですが、「境界性パーソナリティー障害」は神経症症状を有する症例の中で治療を重ねるうちに、逆に混乱と激しい行動化を来してくる一群、すなわち一般の神経症よりも低い水準で機能する人格の指摘に始まっています。本病態の主要な症状は不安定さ、衝動行為、自傷傾向、空虚感を伴った抑うつ感を特徴とします。背後に「見捨てられ抑うつ」があり、ささいなことで未分化な情緒状態となって激しい言動、過食、手首自傷、過量服薬、性的逸脱行為に至ります。最近では児童虐待との関連が指摘されており、劣悪な養育環境や暴力的生育歴を背景とした症例では反社会的な行動障害をみせることがあります。

 一九七〇年代の米国での精神分析療法を中心とした流れはわが国にも導入され、幼児期のゆがんだ母子関係に由来するという病因理解の下、長期の入院治療がなされました。九〇年代になると境界性パーソナリティー障害を単なる情緒的問題ではなく社会的機能も破たんを来していると捉え、低い自己評価のため自活ができない部分については、デイホスピタル、ナイトホスピタルで対人関係の訓練がなされるようになり、社会療法を中心にしたコメディカルによる治療システムの必要性が説かれるようになりました。

 現在、境界性パーソナリティー障害の治療は精神療法と薬物療法の併用が一般的です。その中で力動的発達診断を行い、@幼児期からの生活A思春期の対人関係B最早期の記憶―などから無意識の葛藤(かっとう)の世界をできるだけ明らかにして治療方針を立てます。近年はその背景に自閉症との関連で注目されるアスペルガー症候群など発達障害を伴っている症例が散見され、乳幼児期からの固有の発達情報が必要です。いかなる治療的アプローチをとろうとも、無意識の心性が賦活化する可能性があり精神分析的視点が必要とされますが、時間的、人的コストの高い精神療法、特に精神分析的精神療法など患者の無意識を扱う治療法は十分には供給されていないのが現状です。

 また、精神科クリニックで治療中の場合、大量服薬や治療経過の中でのしがみつき、激しい攻撃性に対しては入院や救急外来を要し、病院管理医やソーシャルワーカーらとのネットワークが大切になってきます。このようなことから、今後の境界性パーソナリティー障害の治療には精神科医師のネットワークとコメディカルとの連携、教育関係のスタッフなど広域の機関との連携が必要となり、精神病理の理解と治療技法を習得する上でも大学などの専門研究会や総合病院精神科の役割が重要になってくると思われます。

 これまで述べてきたような人格に関連した病態が疑われるときには、力動的発達診断を受けた上で個人精神療法の可能性を検討し、社会的機能の低下した部分についてはデイケアをはじめとした、どのようなプログラムを考慮すべきかを専門医と話し合うことが重要です。

(長崎市虹が丘町、道ノ尾病院精神科医師 本山俊一郎)
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