長崎新聞健康欄
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2006年5月1日掲載

疲労感が伝えるシグナル


 患者さんの訴えで多いのは、「熱が出た」「食欲がない」「だるい」「痛い」などの症状です。病気の場合にそのような症状が起こる理由は、病める身体を守ろうとするためです。発熱は病原菌の増殖を抑制。だるさ(疲労感)、関節痛などは動かずに安静にするように、との信号と考えられます。

 普通使われる疲労という言葉には、山登りなどの後に起こる筋肉自体の疲労と、それとは別に体全体でだるいと感じる疲労感の二つが含まれます。疲労感が起こる原因としては、過度の肉体的な運動をはじめ、精神的な緊張、それに病気の場合の三つが挙げられます。原因は違いますが、疲労感として同じように感じられるわけです。脳・神経系にはその原因を直接感知する能力はないので、病的な異常が起こった部位から何らかの信号が出て、脳・神経系に伝わり疲労感が起こると考えられます。

 負荷の大きい運動後の疲労感は、運動により血液中のトリプトファンというアミノ酸が増加、これが脳に入りセロトニンに合成され、その濃度が上昇することが主な原因であるとされています。これとは別に運動強度に応じて脳内のTGF―βというサイトカイン(細胞から造られ種々の作用を有する物質)が活性化され、それが疲労感を起こすということも分かってきています。

 全酸素消費量の20%を占める脳では、精神作業や精神的なストレスによって多くの活性酸素が産生されますが、そのほとんどは抗酸化物質により消去されます。しかし、長期にわたり精神活動が高進すると、消去しきれなかった活性酸素により種々の脳の傷害が引き起こされ、疲労感が起こります。

 病気になると免疫系細胞は種々のサイトカインを合成・放出して、病気の存在を全身に伝えます。脳にもサイトカイン受容体が存在し、運ばれてきたサイトカインの種類により種々の症状を起こします。感染時には特に多くのサイトカインが脳へ作用し、発熱、悪心(おしん)、食欲不振、関節・筋肉痛、頭痛などとともに疲労感を引き起こします。

 また、いろいろな検査をしても原因がはっきりしない「慢性疲労症候群」という疾患概念が新しく提唱されました。これまで健康に生活していた人が風邪などにかかったことをきっかけに、ある日突然発症することが多く、原因不明の激しい疲労感とともに微熱、頭痛、リンパ節腫脹、筋肉痛、脱力感、思考力・集中力の低下、抑うつ症状、睡眠障害などの症状が長期にわたって認められます。

 適度の運動や精神活動の後の一過性の疲労感は、むしろ身体にとっていい結果をもたらしますが、これが続くと別の病的な状態を引き起こし悪循環となります。慢性疲労症候群を含む病的な疲労感の場合、感染症だけではなく悪性疾患、肝臓病、内分泌疾患など、多くの病気が隠れている可能性が考えられますので、疲労感が続くようであれば早めに検査を受ける必要があります。

(長崎市新地町、長崎市民病院内科医師・同市病院事業管理者  楠本 征夫)
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