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長崎市医師会報2006年4月号 pp.1-6.

子どもとメディアリテラシー

長崎市医師会副会長  蛛@忠道

1.はじめに
 子どもが漫画ばかり見て本を読まなくなった、テレビを遅くまで見ているなど、子どもとメディアとの関わりについては以前からいろいろと指摘があった。ここでいうメディアとは子どもを取り巻く環境にある、テレビ、ラジオ、ビデオ、ゲーム、パソコン、新聞、週刊誌、コミック誌、図書など情報源となるものを総称している。
 現代の生活では、メディアとの関わりを無視できない状態にあり、多くの情報が瞬く間に世界に流れ、私達は当然の如くその恩恵を受けている。しかしその情報の正しさや重要性については、大人さえあまり疑義を持たず、結果としていくつもの事件となって取沙汰されているのは最近の報道でよく耳にすることである。ましてや正しく判断できない子どもには、長時間の接触は心の発達に良い影響を及ぼさないのではないかと心配になるし、直接的に睡眠時間が短くなったり、視力が低下したりと明らかな影響も出ている。
 日本小児科学会、小児科医会でもいくつかの調査の結果、メディアとの長時間の接触は好ましくない旨の提言をしている。ここではそれらのアンケート結果を見ながら、子どもとメディアとの関係を検討してみた。(文中に出て来る表は、日本小児科医会の会員数に応じて選んだ都道府県の小児科医によるアンケート結果から使用している。)

2.保護者の意識
1)意識せずにテレビ・ビデオを見せている
 まず保護者がテレビ・ビデオを、子どもにどのくらい見せているかを尋ねた。6ヶ月未満の子には「見せない」「あまり見せない」が、82.7%、6ヶ月〜1歳でも63.8%と否定的であるが、1歳過ぎると55%〜64%が見せている。そこでテレビ・ビデオをつけっぱなしにしている時間を問うと(表1)、2時間以内は約30%で、それ以上が70%とかなり長時間つけていて、むしろBGM 化している家庭も多い。

2)食事中も
 食事中の様子は(表2)、6ヶ月未満では意識的に見せていないようであるが、6ヶ月過ぎると見ている家庭が多くなり、1歳過ぎると70%近くが食事中にテレビ・ビデオをつけている。

では親にとってこれらの視聴は好ましいものか?(表3)57.5%が分からないという回答であり、親も積極的に良いとはいえないまでも、「テレビくらい」という気持ちが強いのかもしれない。実際、最も不安を感じているメディアとしてはパソコンとTVゲームで携帯電話など他の機器はあまり気になっていない(表4)。そのためか、視聴時間を制限している親は少なく、子どもの自由に任せている家庭が60%に昇る。

3)ゲームし放題
 TV ゲームのほうは、41%の親は何らかの歯止めが必要と感じ36.7%が時間を決めていると答えているが、子どものほうは、多くが親の制限は受けていないと感じていた。パソコンについて3歳から就学前までが約25%、小学生約50%、中学生60%強が使用し、小学生までは「ゲーム」、中学生になると「インターネット」をするとの答えが多い。

3.小児科医の意識
1)子どもが変わってきている
 最近の小児に対する小児科医の印象から。あまり小さい子に対しては、親の育児態度が反映し、メディアとの関連については分からないが、3歳以上では表5、6に示すような結果であった。外での活発な運動は苦手、すぐキレやすいというのは3歳以下でも同じ傾向であった。

 

2)小児科医も親も変化を危惧
 メディアが子どもに与える影響をどのように考えているか、保護者と小児科医双方の意見を比較してみた(表7)。交友関係が少なくなる、他人との付き合いが下手になる、物事を深く考える習慣がつかない、現実と非現実の区別がつかない、など最近マスコミで取り上げる問題児と同じような印象が浮かんできた。保護者も子どものコミュニケーション能力が低くなることや、現実と非現実との区別がつかなくなることを危惧しているのは驚くべきことであろう。以前には考えられなかったことが、日常、普通と思われる子どもたちに静かに、当たり前に進行しつつあるということである。

4.総括
1)メディアに浸る
 現代の家庭ではテレビ・ビデオは99%が所有する必需品となっている。半数以上の子どもがゲーム機を持っているし、CD、ラジカセもある。また小学生で60%、中学生で80%以上が自分の部屋を持つ。勉強もそこそこに自分の部屋にこもってビデオやゲームに熱中し、睡眠時間も少なく自分だけの世界に没頭する。乳幼児でも、親が見たり子供が見たりで、いつもテレビがつけっ放しの状態がある。

2)危険な状態進行
 こういう環境で乳児期に4時間以上テレビを見ている子は、「ことばの遅れ」「親との交流に遅れ」が生じる(日本小児科学会)。米国小児科学会の報告では、視聴時間が1時間のびるごとに、注意欠陥障害の起こる可能性が10%高くなるという。次第に「無表情」、「言葉が出ない」、「視線が合わない」、「呼びかけても反応が無い」といった症状が増えてくる。
 そして思春期になって、精神的な不安定さが加わり、いじめ、家庭内暴力、攻撃的問題行動へと発展する可能性を持っている。またこれらは発見が遅れると回復に時間がかかり、時には回復困難となるといわれる。

3)前頭前野機能低下
ゲームに熱中する子どもでは、最も人間的機能を持つ、前頭前野の機能が低下したり発達しないといわれる。楽しい、悲しい、美しい、優しさ、思いやりなど人間的な感情が惹起される場所が、うまく働かない。その結果判断力が無くなり、状況に配慮せず、無気力、自分勝手、暴力的などの行動をとるようになるといわれ、これはメディアに浸って育った子どもに共通する症状である。

4)このIT社会において、子どもたちがいかにメディアと付き合うべきか?
 確かにゲーム、それも暴力的、性差別的なものに熱中するのは良くないが、テレビの視聴を考えるとき、時間が長いのが悪いのか、番組の内容が影響するのかの議論があった。
 これに関しては米国、日本どちらの小児科学会の調査でも視聴時間そのものが影響するという結果が出ている。

5)提言
・2歳以下の子どもには内容のいかんを問わず、テレビは見せない。
・ケータイ・インターネットは思春期以降責任能力がついてから。
・家庭で十分にメディアの使い方、接し方を話し合う。
・学校で情報の選択眼、対応能力を育てる。地域でもメディアの危険性、モラルを教える雰囲気を作る。
・行政は市民にメディアリテラシーの育成を支援する。

など総合的対策が必要であるし、まず家庭でメディアとの接触を野放しにせず、規制する態度が重要かつ効果的である。

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