看護専門職としての志を高く持ち、自ら学び、考え、行動する看護実践者の育成

看護職は、憲法25条に規定する国の責務である社会福祉を実現するための、専門的な職種として存在する。
本校は、看護・助産の専門的能力と自律性を持つ職業人を育成するための基礎教育機関である。
本校に学ぶ者は、生命の尊厳を基盤とし、人間が人間に直接的に関わる実践的な職業である看護・助産の知識・技術を、専門的に体系化された教育課程に基づいて習得する。同時に対象の多様なニーズに応えるための、コミュニケーション能力、共感し洞察する能力、問題解決力、意思決定・判断力、調整力、他職種と協働する能力等を総合的に学び取っていかなければならない。さらに、看護・助産に求められるものは時代の要請により、高度化、複雑化することを前提に、卒業した後もたゆまぬ努力によって自己研鑽する責務があり、そのための主体的な自己学習の姿勢を養う必要がある。
本校は、前述した高い志を持って学ぶ者が、その生涯を通して、看護・助産という手段を用いて具体的に地域社会の医療及び公衆衛生に貢献できるよう、誠実に教育を行うものである。

学校長挨拶

本校は、昭和27年に長崎県医師会准看護婦養成所として開校して以来、現在は長崎市医師会看護専門学校と校名を改め、助産学科、第1看護学科、第2看護学科および准看護科合わせて210名の看護職を毎年養成しています。医師会立の看護専門学校として、地域医療に貢献することを第一の使命に、多くの卒業生が県内の医療機関に勤務しています。優秀な講師の先生方と素晴らしい実習施設に恵まれ、資格試験の合格率も高い本校で過ごす学生生活は、看護職を目指すうえでの第一歩として非常に有意義なものと考えます。すでに准看護師や看護師の資格を持つ人も、更なるキャリアアップを考慮する際には本校への進学も有力な選択肢の一つだと思います。

学校長 宮村庸剛

沿革

昭和27年4月1日長崎県医師会准看護婦養成所(定員50名)の設立認可
昭和27年6月10日長崎市医師会館(長崎市榎津町55番地)で開校
昭和29年4月1日長崎県医師会准看護婦学校と名称変更
昭和38年4月1日長崎県医師会から長崎市医師会へ設置者の移管により長崎市医師会准看護婦学校と名称変更
昭和40年4月1日定員増(50名→80名)を行う
昭和41年11月1日町名変更により長崎市万屋町4番8号となる
昭和42年7月10日学校校歌制定
昭和46年12月9日長崎市新地町6番53号の新校舎へ移転
昭和47年4月1日定員増(80名→100名)を行う
昭和48年4月1日長崎市医師会高等看護学院(看護師養成2年課程定時制・定員50名)を開校
(昭和47年12月27日厚生省指定)
(昭和48年3月3日長崎県認可)
昭和50年5月31日5階講堂の増築工事完成
昭和54年2月13日長崎市医師会准看護婦学校、長崎市医師会高等看護学院が専修学校(第48号)として認可を受ける
昭和54年4月1日長崎市医師会看護専門学校(高等課程・定員150名、専門課程・定員50名)として発足
平成 5年4月1日専門課程の定員増(50名→80名)を行う
平成 7年1月23日文部大臣告示により専門課程に専門士称号の認可(平成6年文部省告示第84号)
平成13年4月1日高等課程の定員減(150名→80名)を行う
平成14年4月1日長崎市栄町2番22号の新校舎へ移転
平成14年4月1日第1看護学科(看護師養成3年課程全日制・定員40名)を開設
(平成13年11月30日厚生労働省承認)
平成14年4月1日専門課程を第2看護学科、高等課程を准看護科と改称
平成20年4月1日助産学科(助産師養成課程全日制・定員20名)を開設(平成19年12月25日九州厚生局承認:九厚発第1225001号)
平成26年4月1日第1看護学科定数増(40名→70名)を行う(九州厚生局発1225第34号)
第2看護学科定数減(80名→40名)を行う(九州厚生局発0815第9号)