長崎新聞健康欄
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2007年10月13日掲載

自己調節鎮痛法

 「手術中は麻酔が効いていて痛まなかった(または眠っていて分からなかった)が、麻酔がきれた後は痛くて我慢できなかった」

 以前は手術が終わった患者さんからこんな言葉をよく聞かされました。術後の痛みが強かったり、痛み止めの薬を投与するのが遅かったり、使ってもなかなか効かなかったりして長時間苦しんだのでしょう。痛みでせきができないため、たんが出せず、肺炎を起こして入院期間が長引いた患者さんもいました。しかし、今では手術中だけでなく、術後も痛みをできるだけ感じないように工夫がされています。

 痛む前から予防的に薬を使っておくことで痛みが軽くなり、患者さん自身が薬を使えれば待たなくてすみます。そこで最近は痛みが強いときに患者さん自身が薬を追加できる「自己調節鎮痛法」という治療法も利用されています。自分で治療できるので患者さんの満足度も高いようです。ここでは薬の使い方が違う二種類の自己調節鎮痛法を紹介します。

 まず「硬膜外鎮痛法」です。胸部や腹部の手術では、手術前に硬膜外カテーテルという細い管を手術の部位に応じて背部または腰部から挿入しておきます。この管から痛み止めの薬を入れると手術を受ける部分の痛みを感じなくなります。

 管を入れるときは麻酔をしてから刺しますので痛みはありません。カテーテルは細くて軟らかいため、入れたまま歩いたり自由に体を動かしたりできます。術後は携帯式のポンプで薬を持続的に注入することで傷の痛みを感じなくてすみます。

 そして、それでも痛みが強いときは、患者さん自身がポンプに付いているボタンを押すと薬が追加される仕組みです。一回当たりの薬の量や注入の間隔はあらかじめ安全な範囲で設定してありますので、使いすぎということはありません。

 次の「経静脈的鎮痛法」は、点滴につないだ携帯式のポンプで痛み止めの薬を血液の中に持続的に注入することで全身の痛みを抑えます。手術の際は点滴をしていることがほとんどなので、硬膜外鎮痛法ができない患者さんにも使用できます。この方法も痛みが強いときには患者さん自身で薬の追加ができます。

 手術を受ける患者さんに麻酔の説明をすると、「よく分からないので先生にお任せします」と言う人が少なくありません。「不安だから、とにかく安全に痛くないように」という気持ちなのでしょう。ですが、手術前に麻酔の説明を聞くことがあったら、術後の痛みの治療についても聞いてください。もっと安心して手術に臨むことができますよ。

 ちなみに十月十三日は江戸時代の一八〇四年、紀州の医師、華岡青洲が世界で初めて全身麻酔下で乳がん摘出術に成功した日でした。日本麻酔科学会はこの日を記念して「麻酔の日」に制定しています。

(長崎市片淵一丁目、長崎県済生会病院麻酔科医長 諸岡 浩明)
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